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「メメント・モリ(死を想え)」

2008 - 11/08 [Sat] - 02:29

「Memento Mori -メメント・モリ」
mementomoricover001.jpg

君、生き急ぐことなかれ、死にたもうことなかれ

「メメント・モリ」は著者の藤原新也が長年アジアから日本にかけて旅をし
撮影した写真に人間の生死に関する詩を添えた作品です。
現在では写真に詩を添えた「写真詩集」というものは多々ありますが、
この本が初めて出版された25年前には珍しいものだった事と思います。

この本が出来る過程について、著者はこう語っています。
 
「この本に収められた七十二編の詩は、実は一日で書かれたのである。
製作の過程は次のようなものだ。
まずそれまで長年の間に撮った写真を
私なりの基準でセレクトし大きなビュアーに並べる。
そして心を落ち着かせる。
心身の集中度が高まった時点で写真に目を移す。
目に飛び込んできた写真を見て脳裏にひらめいた言葉をさっと口唱する。
かたわらに居る編集者がその言葉を即座に書きとめる。
作詞をあえて二十四時間内に行うということを
自分にかせたのにはひとつの理由がある。
ひらめきによって生まれる一行詩のようなものは、
長い時間をかけて考えるものではないと思っている。
思考によって生まれるのではなく、
言葉そのものが生き物のように身体からほとばしる。
それが理想だと思っている。 
・・・ そして詩が次々と生まれた。
最後の詩「あの景色を見てから瞼を閉じる」が口から出たとき、
それを書き取る編集者の目にうっすらと光るものを見た。
最後の時計の秒針が二十四時間目の終わりを指したとき、
緊張が一気に解けた。
そして私は昏倒するかのように仰向けになり、
そのまま深い眠りについた。
「メメント・モリ」の誕生である。」


B0a-16.jpg BOa-35.jpg B0a-45.jpg B0a-11.jpg

この25年にも渡り読み継がれてきた「メメント・モリ」が最近改編されて
新「メメント・モリ」となり発売されました。              
私が彼に興味を持つきっかけとなったのは、この新「メメント・モリ」について
のエピソードを地下鉄の駅のフリーペーパーの記事で読んだことでした。


「三年前のある秋、ある女子高生が私のホームページにメールを送って来た。
その文面を読み、私の思考は一瞬止まった。
彼女の友達が「メメント・モリ」を枕元にこの世を去ったと書いてあったからだ。
私は少なからぬショックを受けた。

この本は死を想い、よりよく生きようという思いで書かれた本でもあっただからだ。
そんな思いで書かれた本が人の死を誘発したとするなら本末転倒である。
……一体なぜ彼女は死んだのだろう。考えつづけたがわかるわけはなかった。
ちくしょう、と思った。
あるいはひょっとしたらこの本はそのとき彼女の死に際して
枕経のような役割を果たし彼女の死を和らげたのかも知れないとも思った。
そんなさまざまな思いを抱きながら私は、
メールをくれた女子高生にメールを打ち返した。
彼女の死が何だったか知りたいと。だがついにメールに返事は来なかった。

今回の「メメント・モリ」の改編は時代に即した新しい息吹を吹き込むため
ということもある。だがここで本音を言えば、ひとりの女子高生の死が
私の中にいつまでも解決不能のわだかまりをもたらしていたということが
幾つかの改変の動機の中のひとつであることは間違いない。
「メメント・モリ」が彼女の死にどのように関与したかは不明だ。
だが亡くなったことは確かなことであり、その事実は重い。
……この本はまだ力不足じゃないのか。
そんなひそかな思いが私の中に生じていてずっと消えなかった。
ヒトさまを救うといううぬぼれたことを考えているわけではない。
少なくともまだ人生がはじまったばかりの未熟な者にとりついた死神と渡り合うくらい、
もうちょっとパワーアップしなけりゃな。そう思った。
この二十五年間、人々、とりわけ若者をとりまく時代環境は苛酷になっている。
そんな時代の中で、もう一度自分の分身であるこの本を
鍛え直したいと思ったのである。」



ikiro.jpg

これかな・・・・



私は、ここまで「メメント・モリ」に惹かれながら、実はまだ読んでいません。
彼の他の作品から読み始めています。
なんとなく、「メメント・モリ」はそこに至るまでの藤原氏の旅を知り、
作品に触れてから読みたい、そう思っている為です。

彼のHPにある本からの抜粋写真のスライドショーだけで
今はお腹いっぱいです。
興味がある方は下記↓からどうぞ。
memento-mori video

藤原新也の旅は、1969年にはじまりました。
インド・チベット・モロッコ・中国・・・・あらゆるアジアの国々で撮影された
彼の写真にはいわゆる「芸術的な美しさ」というよりは、
心臓がドクンとしたり、ハッと息を飲むような「生々しい美しさ」を感じます。

今は「西蔵(チベット)放浪」を読んでいますが
こちらについてはまた次回。

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Shinya Fujiwara 藤原新也
portrait.jpg

1944年福岡県門司市(現:北九州市門司区)の門司港地区生まれ。
生家は旅館を営んでいた。東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻中退。

インド、東京、アメリカなどを対象に、写真とエッセイを組み合わせた作品を発表。
1972年の処女作『印度放浪』は青年のインド放浪記として、
当時の青年層に大きな影響を与えた。
1977年、『逍遙游記』で第3回木村伊兵衛写真賞。
1981年に発表した『全東洋街道』で第23回毎日芸術賞を受賞した。
1983年に発表した『東京漂流』で大宅壮一ノンフィクション賞
及び日本ノンフィクション賞に推挙されたが、受賞を辞退している。

長野県・駒ヶ根高原美術館に「メメント・モリ」の写真の常設展示室がある。


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