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Toshio Tabuchi 田渕俊夫 (後篇)
Toshio Tabuchi 田渕俊夫 (後篇)
今回は、印象に残った田渕さんの言葉を中心にご紹介していきます。
「日本画の絵の具は宝石のようなもの。
それをさらに耀かせることができれば幸せです。」
日本画に使用される「岩絵の具」は
孔雀石、藍銅鉱、ラピスラズリなど様々な鉱石や貴石等を砕いて出来た粉末(顔料)と
ニカワと混ぜて使用するそうです。
そうかぁ、だからキラキラしてたんだ。
写真で伝わらなくて残念ですが、
どの作品も近くで見ると表面が少しザラっとした質感で、
幾重にも丹念に塗り重ねられられた絵の具が光の反射でキラキラと輝き、
溜息が出るような美しさ。
田渕さんの作品は一つ一つが本当に宝石のようです。
しかし、近年ではその「色」に頼らない表現にも挑戦されています。
「色を使うとどうしても色が何かを語ってしまうんですよ」
確かに、色があるとそれだけそのものが「限定」される、と
ある時から墨の濃淡だけで描くことに傾倒していきました。
本質を追究し、また新たな挑戦です。
「爛満」 -墨だけで描かれているのに、淡い桜色と湿った空気の色が見えてしまいます。
この画の前に立った時、思わず「うわぁあ・・」とつぶやいてしまいました。
毎年、満開の桜を見るたびに味わうあの感動に限りなく近い感覚です。
静かな春の夜の匂いがふわりと漂ってきそうですね。
先日、京都の智積院へふすま絵を奉納されました。
タイトルは「四季墨絵」で、桜や柳、ススキ、雪山など、移ろう季節の風景を墨の濃淡だけで表現。
田渕さんが画業40年を締めくくる大作として5年がかりで制作したそうです。
NHKで田渕さんの特集を観ましたが、アトリエでの作業風景を見てびっくり。
伝統的な襖絵の制作に、なんとOHPを用いていました。
描いた下図をOHPで直接襖に投影し、映し出された影をたどり描いてゆく。
日本画の常識にとらわれず、描く対象の本質をとらえるためには手段を選ばない。
その柔軟さが日本画の新しい境地を切り開いていくようです。
「ある一点のススキだけ描いても、それはススキと言えないんじゃないかと思いまして・・」
名言だと思います。
芽が出たばかりの柔らかいススキの葉。
勢い良く上へ上へと伸びる、夏のススキ。
少しずつ穂が開き、光をあびて黄金に輝くススキ。
すっかりふさふさと穂が開き、くるりと丸まった枯れる直前のススキ。
智積院に奉納された襖絵の中の「ススキ」はその全ての姿が一枚の画の中に
収められています。
一本一本のススキには込められた命があり、
田渕さんの感動と愛情が込められているのが感じられて涙が出そうになりました。
人間も、植物も、動物も、命のあるものは全て時間の経過と共に変化していきます。
それを「老い」とも呼ぶけれど、
ある一点、たとえば青々と勢いがある時だけが美しいわけではない。
若さに固執した「美」の基準に惑わされず、美しく変化していきたいものです。
「本物は目の前にある姿ただひとつなので。絵で本物は描けない」
「どんなに緻密に描いたとしても、やはりそれは本物ではないんですよ。」
という言葉が印象的でした。
絵で「本物」を描く限界を知りながら、限りなく本質に近づこうとする。
その真摯な姿勢から生まれる数々の作品には
絵画鑑賞という次元を超えて教わることが沢山あります。
クニャりとめげて「もう疲れた・・」と思ってしまうこともありますが
「いやいや、まだ穂も出て無いから。一番勢いがある時期はこれからなのよ。」
と、あのススキの姿を思い出して自分を叱咤激励していきたいと思います。
Toshio Tabuchi 田渕俊夫 (前篇)
Toshio Tabuchi -田渕俊夫 (前篇)
行ってきました。
日本橋三越で現在開催中の「田渕俊夫展」。
年末に部長がぷらりと私の席までやってきて
「こんなの、興味ある?」と招待券を下さったのです。
招待券に載っていた小さな写真を見ただけで、
「あ・この人の画は絶対タイプ
」と思いました。
その予感は的中。
本当に本当に素晴らしかった!
日本画としてはとても斬新な作品も多く観られますので、
モダンアートが好きな方にもおススメできる内容でした。
まず、ギャラリーに入ってすぐの入り口付近に展示されていたのは、
田渕さんが大学院卒業後にアフリカに滞在していた時期の影響が強い作品の数々。
未知の大地で出会った植物や人・・日本画でありながら斬新で
色鮮やかに描かれています。

同化するもの ヨルバの少女
「大地」 -腕・脚・顔・指先。
どこをとっても完璧としか言いようのない美しい、線。
田渕さんの作品はどれも物凄く緻密です。
近づいて観ると、植物も建物も写真と見紛うような細かな描写が重なり合っています。
竹の葉、ススキの穂、朝顔の蔓・・・その先端にまで表情があり、
神経の行き届いたバレリーナの指先のようです。
やまはぜの唄 -チュン太郎がリアルで可愛いです。
田渕さんの作品は、設計図や図鑑さながらの緻密さでありながら
写真とも単なる模写とも異なり、表情豊かで情緒たっぷりなのです。
その秘密がどこにあるのか・・・
清水寺
展示の中にアトリエの様子やインタビューを収めた15分程のビデオが放映されており、
その中で秘密の謎が解けました。
何でも、田渕さんはひとつの対象を徹底的にスケッチするのだとか。
例えば、ススキを作品にする場合には足繁くススキ野原へ通い、
春夏秋冬の様々なススキを何枚も何枚も描き続ける。
その姿をきちんととらえてから1枚の作品にとりかかるそうです。
「そうするうちに青々とした若い芽から穂となり枯れてゆくまでのススキに人生が重なって見える」
という言葉が印象的でした。
また、アトリエには透明な瓶に入った絵の具が整然と並び、
この環境から田渕作品が生まれるということに妙に納得してしまいました。
画家によっては物凄く煩雑でその混沌としたアトリエから
すばらしい作品を生み出す人もいます。
有名な言葉をお借りすれば「芸術は爆発だ」というような
エネルギーのスパークは混沌の中から生まれるのかもしれません。
そういった作品も私は好きです。
しかし。
一つの対象をじっくりと見つめ続け、
誠実に、こつこつと画を描き続けるという
田渕さんのいかにも日本人らしい真面目さに心を打たれます。
また、謙虚でありながらも経験に裏打ちされた作品の持つ
品格や情緒に日本人のソウルを感じます。
春もよい
現代の日本は、豊かゆえに選択肢が多すぎて迷いが生じたりします。
情報過多で翻弄されて疲れてしまったりもします。
欧米化が進み、温泉でBeyonceがかかってしまうような時代です。(友人談)
だからこそ、田渕さんの作品に心洗われてしまうのかもしれません。
「目を奪う繊細。心に染みる深遠。」という
今回の展示のキャッチコピーに激しく同意します。
後編へ続く・・・
Kaii Higashiyama -東山魁夷
Kaii Higashiyama -東山魁夷
少し前から、ベッドからよく見える位置にこの絵を飾っています。
眠る前に静かな気持ちになれる気がして。
「花明り」
この絵をを観ると、心が「しん」とします。
空気も、桜も、月明かりもしっとりとしていて、
たっぷりと水分を含んだ夜の空気の匂いが漂ってきそう。
東山魁夷はどの作品をとっても
この「水分」を感じさせます。
枯れ葉ですら、しっとりと湿気を含んでる。
「ゆく秋」
「じんわり」「サクサク」という音がしそうで、
この上を歩いたら気持ちいいだろうな・・。
星の中で月が一番好き。
自分で発光できないところが。
満ちたり、欠けたり、見えなくなったりするところが。
「宵桜」
こういう絵を観ると、日本人に生まれて良かったと思う。
月と桜。スモーキーな色合い。湿度。
これは日本人でないと描けないし、
日本人でないとじわっと来ないと思う。
東山魁夷の雪は秀逸。
しっとりとしながらもふわふわ。
「白い朝」
やっぱりこの人は「水の表現」の天才だと思う。
彼の描く世界に人間は出てこないのに、
人の気配を感じるのはなぜだろう。
ひんやりとした景色の作品が多いのに、
決して冷たくないのはなぜだろう。
「しん」とした静寂の中にほっこりとした温かさを感じる。
・・・たぶん。
苦楽をたっぷり含んだ人生という背景があるからこそ描ける
「温度のあるつめたさ」「寂しくない静寂」なのかもしれない。
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Kaii Higashiyama -東山 魁夷 (1908年7月8日 - 1999年5月6日)
昭和期を代表する日本画家と評される。千葉県市川市名誉市民。
船具商東山浩介と妻くにの次男として横浜市に生まれる。本名新吉。
父の仕事の関係で3歳の時に神戸西出町へ転居。
兵庫県立第二神戸中学校(現兵庫高校)在学中から画家を志し、
東京美術学校(現東京芸術大学)日本画科へ進学。
美術学校を卒業後、ドイツのベルリン大学(現フンボルト大学)に留学。
1945年応召し、熊本で終戦を迎える。
召集解除後は小虎、母、妻が疎開していた山梨県中巨摩郡落合村に一旦落ち着く。
11月に母が亡くなると千葉県市川市に移り、
50年以上に亘りその地で創作活動を続けた。
戦後、1947年の第3回日展で「残照」が特選を得たことが転機となり、
以降、風景を題材に独自の表現を追求した。
北欧、ドイツ、オーストリア、中国にも取材し、次々と精力的に発表された作品は、
平明ながら深い精神性をそなえ、幅広い支持を集めた。
約10年の歳月をかけて制作した奈良・唐招提寺御影堂障壁画は畢生の大作となった。
画集のみならず文章家でもあり画文集など、著作は数多い。川端康成とも親しかった。
Saeko Takagi (高木 紗恵子)
Saeko Takagi (高木沙恵子)
彼女の作品との出会いは、
このDVDを購入したところから始まります。
Masakatsu Takagi
'world is so beautiful' DVD
-commition work for agnes b.
以前から映像作家高木正勝さんの映像作品の色彩がとても好きでした。
(http://www.apple.com/jp/pro/profiles/takagi/)←見たい方はこちら
そして、音楽家でもある彼のCDをチェックしていたところ、
どれもジャケットの絵がとっても素敵でした。
誰が描いているのだろうと凄く気になり調べたところ、
クレジットにCover art :Saeko Takagi とありました。
「あれ、こちらも高木さん・・?ご兄弟・・?」
後に二人がご夫婦だと知り、妙に納得。
だって色彩感覚や作品の持つ空気は見事にマッチしているから。
高木紗恵子さんの作品には「光を感じる」というか「光しか感じない」というか・・・
どれもとてつもなく眩しいのです。
眩しいものを見たときの残像をそのままキャンバスに残しているかのよう。

よく見ると作品の中の人物やオブジェクトには明確な輪郭が存在しません。
大抵、絵を描くときって輪郭から描き始めるものだと思ってました。
彼女の作品は、黒い線で輪郭を描いて・・・それから色を塗って・・・
というような描き方とは全く違う手法で描かれているようです。
彼女の目は「外枠、かたち」など、見てはいないのかも。
視界に入るものの輪郭ではなく、
対象物が放つ光のみをダイレクトに捉えているのではないかと思えます。
彼女の作品は圧倒的に「生きもの」を描いたものが多い。
そこに咲いている花。
生い茂る草木。
そこに居る人。
彼女の作品を見ていると、
「確かに、視界に入るものすべてに黒い枠線など存在しない。」
ということに気付きます。
そこにあるものを「認識」することは黒い枠線を引く作業と似ている。
彼女は「認識」という黒い枠線をとっぱらい、
生命をよりリアルに捉え、表現しようしているように感じます。
空気の中
ただそこにある
いのちあるものたちの姿を
「光をつかまえて紡ぐように描く人」
これからも、ご主人の高木正勝さん共々、
光を操り、めくるめく眩しい作品を生み続けてくれることでしょう。
そんな二人は、私と同世代。
リアルタイムで彼らの作品に触れていけることを、
とても幸せに感じます。
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Masakatsu Takagi (高木沙恵子)
http://www.saekotakagi.com/
繊細さと力強さを持ったモチーフの描写方や画面構成の中に、
日本の伝統的なものの影響を自然と受けた色彩感覚が垣間見える。
映像・音楽クリエーターである高木正勝氏のCDジャケットでも注目を集める彼女は、
歌手UAのミュージックビデオやNIKEアジアキャンペーン広告への作品提供など、
既存のアートシーンにとらわれず、日々活動の場を広げています。
最近では海外のキュレーターやアートディレクターにも認められ、
2005年春にはファインアーティストとしてNYやロンドンで個展を開催予定。
Masakatsu Takagi (高木正勝)
http://www.takagimasakatsu.com
映像と音楽両方の制作を等価に手がけ、双方に質の高い融合により注目を集めるアーティスト。
国内外のレーベルからCD/DVDをリリースすると同時に、
アートスペースでのビデオ・インスタレーションや世界各地でのライブなど、
分野に限定されない多様な活動を展開している。
最近では、デヴィッド・シルヴィアンのワールドツアーへの参加や、
UAのミュージックビデオ制作、ダンス作品の映像/音楽を制作するなど、
積極的なコラボレーションも行っている。
2006年にはRESFESTが最も集目する世界の10人のクリエーターの一人に選ばれ、
海外での評価もますます高くなっている。2006年3月に新作CD 「Air’s Note」をリリース、
5月に初のビジュアルブック「BLOOMY GIRLS」を発売。
Shiro Kuramata (倉俣 史朗)
倉俣 史朗
くらまた しろう
このアームチェアをNYのMOMA(Museum of Modern Art)
で見たときは、もう一目ぼれ!
今回は、このイスが代表作である日本人プロダクト/空間デザイナー、
倉俣 史朗さんについて。
■Miss Blanche(ミス・ブランチ)
近代的な素材と、シンプルなフォルム。
そこに薔薇というロマンチックな素材が浮かぶ絶妙なバランス。
まるで、美しい瞬間をそのまま冷やし固めてしまったかのように見えます。
後に日本に帰り、彼について色々調べてみたところ、
その他の作品もこの「美しい瞬間を閉じ込めてしまった」感が満載で
すっかりファンになってしまいました。
■Laputa(ラピュタ)
足を向けて2名が眠れるほど長〜いベッド。
永遠の眠りにつくときはこのベッドで夢を見ながら・・なんて思っていたのかも。
■Oba-Q(ランプ・オバQ)
「ふんわり」と舞い降りて、そのまま「とろーり」溶けてしまったような
アクリルのドレープと温かい光が素敵。
■Issey Miyake神戸リランズゲイト
「ガラスが一番美しいのは、割れる瞬間だ。」
「だったら時間を止めてみようぜ。」
ということで割れガラスという素材を作り出したというエピソードを知り、
「美しい瞬間をそのまま冷やし固めた感じ」
それこそクラマタ・テイストだったのだと実感しました。
近代的なデザインでありつつも、彼の作品はどれも詩的。
彼が生涯追求したのは、「夢心地」だったそうです。
日常の空間に、重力から解放されたかのような浮游感覚を持ち込み、
夢の世界を現出させること。
「儚いものが放つ一瞬の美しさ。」
若くしてお亡くなりになってしまった倉俣さんですが、
作品を通し、その一瞬は今も世界中で輝き続けています。
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倉俣 史朗
(くらまた しろう、1934年11月29日 - 1991年2月1日)
日本のインテリアデザイナー。
空間デザイン、家具デザインの分野で60年代初めから90年代にかけて
世界的に傑出した仕事をした伝説的デザイナー。
急性心不全のため、死去。享年56。
欧米の追随に陥らず日本的な形態に頼るでもなく
日本国固有の文化や美意識を感じる独自のデザインによって
フランス文化省芸術文化勲章を受章するなど国際的に評価をうけていた。
そのあまりの独創性ゆえ「クラマタ・ショック」という言葉まで生まれた。
アクリル、グラス、アルミニウム、スチールメッシュを多用した作品が多い。






